昭和53年男が昭和63年(1988年)を語る!ソウル五輪、ドラクエⅢ、とんねるず!

どうも。
昭和53年10月生まれブロガー、こぼりたつやです。

 

さて今回も私の大好きなこちらの雑誌。

 

昭和50年男(創刊号)を片手に、色々と喋っていきたいと思います。

 

テーマはこれ!

 

1988年〜昭和63年〜

府中市立新町小学校4年2組。

なんか楽しかったですね、この頃。

駄菓子屋行ってファミコンやってミニ四駆で遊んでマンガ読んでテレビ見て・・・みたいな。

とにかく派手に遊んでいたと思われます。

 

というわけで、この当時もまだクソガキ。

社会情勢や特筆すべきニュースなど、全くお構い無しに遊び回ってた頃ですので。

そんな中から「あー、これは覚えてるなぁ」みたいな出来事をいくつか振り返っていこうと思います。

 

繰り返しになりますが。
私、昭和53年生まれ。
年齢差を加味しながら当時を一緒に思い出して頂けたら嬉しいです。

 

では、行きましょう。

 

『ドラゴンクエストⅢ』発売

 

とにかく凄かったですよね。
これぞ社会現象。

もちろん私はそんな”行列祭り”に参加できるような年齢ではありませんでしたので、手に入れるのはもう少し後になるのですが。

親戚の兄ちゃんが佐賀県から出張で東京に来まして。
うちに寝泊まりする際に持ってきてたのが、このドラクエ3。

「多分もう少しでクリア出来るから、そしたらこれ置いてってやるからな」と。

 

そんなのもう、全力応援ですよ。
ファミコンやりたい盛りのクソガキが、自分のプレイ時間を全て捧げましたからね。

 

しかーし。

 

ラスボスのゾーマが強え!
なんならそこに辿り着くまでの道のりも難しい!

というわけで、勝負は最後の最後までもつれまして。
いよいよ兄ちゃんが佐賀県に帰る日。

私は学校があったので、立ち会うことは出来ませんが。
とにかく飛行機に間に合うギリギリまでやってくれると。

それでもし倒せたら、そのままカセットを置いて帰るからという話。

 

ソワソワして授業はいつも以上に身が入りませんでした。

大好きな給食も、この時ばかりは何を食べてもドラクエの味しかしませんでした。

授業が終わりました。

帰りの会も終わりました。

さようならをして、猛ダッシュ!
一緒に帰ろうの声を無視して猛ダッシュ!

 

勝っててくれ!

 

クリアしててくれ!

 

ソフト置いてあれ!

 

 

ただいまー!!!

 

 

 

って、無いんかーーーい!!!

 

普通はあるじゃない?
なんだかんだ、置いてってくれるじゃない?
大人ってそういうもんじゃない?

 

全然無かったッス。
どこを探しても見つからなかったッス。
ガッカリしたッス。
残念でしたッス。

 

でも逆にそれが良かったりしたんですけどね。

「大人もそこまでハマるほど面白いんだ!やっぱドラクエ3すげえ!」って、身をもって感じることが出来ましたので。

 

そしてもちろん1週間もしないうちに、その兄ちゃんからドラクエ3が送られて来まして。

見事どハマりしたんだとさ。

めでたしめでたし。

 

 

東京ドーム完成

日本初のドーム球場。

後楽園球場には2〜3回くらい行ったのですが、特に思い出も愛着もありませんでしたので。

ただただワクワクしてましたね。
圧倒的未来感。

 

そしてこれにより、ファミスタ等の野球ゲームでも軒並みドーム化が進みましてね。
その様子も楽しかったです。

 

あとこれに合わせて『ミラクル・ジャイアンツ童夢くん』というアニメが放送されてたんですけど、覚えてます?

 

 

これがめちゃくちゃ面白かったんですよねー。
主題歌はCHA-CHAです。

 

ちなみに、東京ドームでのホームラン第1号。
覚えてますか?

 

そうです。
ヤクルトの助っ人外国人『デシンセイ』ですね。

Jリーグ初ゴールと並ぶ「よりによってお前かよ!!」という記録です。

 

 

牛肉・オレンジの輸入自由化決定

これ、やたらニュースで流れてた印象なんです。

そりゃもちろん大きな問題ですし、連日報じられて当然なのですけど。

これに関してはニュースに興味の無いクソガキながら

「これは一体どういうことなんだろう?」

なんてボンヤリ考えてました。

『牛肉』も『オレンジ』も『自由』も、小学生に馴染みのある言葉ですから。

どうしても気になるというか、耳に留まる。

 

そしてもちろん私は、そんな疑問を自ら知ろうとするタイプの小学生ではありませんでしたので。
すぐに忘れて、アホみたいな顔してフラフラしてたと思われます。

 

そう考えるとやっぱりスマホって便利ですね。
気になったらすぐその場で調べられるんですから。

とは言え、果たして当時の私。
例えスマホを持っていたとしても、この自由化問題を自分で調べたかどうか・・・

怪しいところです(調べないに有り金全部)

 

 

ソウルオリンピック開催

前のロス五輪が未就学児だったこともあり、初めてしっかりと見たオリンピックでした。

やっぱり鈴木大地ですよね。
みんな大好きバサロスタート。

これ以降、プールの時間は本当にバサロだらけになりましたから。
私も鼻から水を吸い込みながら必死にウネウネしておりました。

 

あとはベンジョンソン。

カールルイスをぶっちぎるのを見て、

「うわーーー!早すぎるーーー!!」

と本当に大興奮したものですが。

まさか・・・ねぇ。

これによって『ドーピング』や『筋肉増強剤』という言葉を覚えました。

 

あいつ本当にロクでもねーな。
マジふざけんなよ。

 

ていうかソウル五輪の記憶は、ほとんどその2つのみです。さすがは小4。

あと覚えてるのは、小谷実可子と池谷くん。

 

 

『とんねるずのみなさんのおかげです』放送開始

このとき小学4年生の私。

『21:00には布団に入りなさい条例』が設けられていたのですが。
それを見事に打ち破ってくれたのが、この番組なのですねぇ。

仲の良かったクラスメイトが「仮面ノリダーすげえ面白いぜ!」という話を熱弁しておりまして。

「それは是非とも見てみたい!」と、母親に直談判。

21:00を過ぎても「お願いだから見せて!」の一点張り。
もちろん母親も「ダメよ寝なさい!」と譲らない。

 

そんな一進一退の攻防を尻目に父親が、

 

「わはははははは」

 

と、流れていた『とんねるずのみなさんのおかげです』を見て大笑いしたのです。そして、

 

「いいじゃねーか。面白いぞ、これ」

 

この一言により、21:00条例は撤廃。
それどころか、母と弟も含め家族みんなで見る番組になりました。

 

この日の仮面ノリダーは、第4話。
『恐怖 チョコ玉男』の回でした。

当時とんねるずがCMをやっていた、森永チョコボールをパロったもので。

「クエックエックエッ チョコ玉男〜」なんて歌いながら襲ってくるわけです。

もちろん翌日からすぐにマネして騒いでました。

 

恐らく最も低い年齢層の視聴者であった我々世代。
数々のキャラクターやコントに魅了され。
意味もわからず”ホモ”だの”オナラじゃないのよ”と言った言葉を連呼して。
そして、抜群にかわいかった満里奈さんに恋をする。

 

そんな私も今年で42歳。

YouTubeの『貴ちゃんねるず』や、ノリさんのインスタライブを楽しく見ている次第でございます。

とんねるずって、すげえ。

 

てか、家族で見る番組で「オナラじゃないのよ」とか何なんだよマジで。

意味知ったとき本気でビビったぞ。

 

 

ダイエーが南海ホークスを買収

例のドラクエ3をくれた佐賀県在住の兄ちゃんが、ダイエーファンになると宣言。
それに伴い「じゃあオレも!」と後を追った感じでした。

物心ついたときから広島東洋カープファンではあったけど、両方好きになってもいいじゃん。セパ違うし。みたいな感じ。

 

西鉄を知らない私からすれば、初めて九州に出来た野球チーム。

福岡ダイエーホークス。

今でこそ人気も実力も最強レベルの球団になってますけど、買収してからしばらくは弱かったですねー。

まあ元々そんな感じの南海を買収したから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

 

それでも夏休み、ばあちゃん家に行くたびに楽しく球場に通ってました。

特に福岡ドームができる前の本拠地、平和台球場。
『ダイエーVSロッテ』なんか痺れましたよ。

まさに珍プレー好プレーで見ていた『ガラガラのパリーグの観客席』そのまんま。

でもめちゃくちゃ楽しかったです。

新聞紙を切り刻んで大量の紙吹雪を作っていって。
ヒット1本でも出れば、それを撒き散らして応援団の人たちと大騒ぎ。

いい雰囲気だったなぁ。。。

 

 

クリスマス・エクスプレスのCM放送開始

「きっと君は来ない 一人きりのクリスマスイブ」でお馴染みのCMが始まったのも、この年から。

てかそうなんだ。
最初は牧瀬里穂じゃなかったんだ。

 


引用 www.youtube.com

 

一発目の女優さん。
調べてみたら、15歳の深津絵里でした。

 

・・・15歳!?

 

ちなみに2本目の牧瀬里穂が17歳。

どれも覚えてるなー。

 

 

三億円事件の民事時効が成立

府中刑務所近くで起きたこの事件。
家が近所ということで、幼少期から色んな話を聞かされて育ちました。

中でも絶品なのが、父の兄(伯父)が容疑者の写真に似ていたというもの。

おかげで何度も何度も家まで刑事さんに押し掛けられては、しつこいくらいに事情聴取をされたんだとか。

いやいや、本当によかったですね。
つかまらなくて(他人事)

 

あと3億円事件と言えば、こち亀。

こちら葛飾区亀有公園前派出所 第12巻
『ボーナスはまだか!?の巻』

 

これが思いっきり3億円事件が元になっている話なんですけど。

もう大好きで大好きで。
何度読み返したかわからないくらい。

珍しくギャグ要素がほとんど無い、非常にシリアスな作品に仕上がっておりますので。

気になる方は是非ともお読みくださいませ。

 

 

週刊少年ジャンプ発行部数500万部突破

すごいですねー。
黄金期ですねー。

この時の主な連載ラインナップを見てみましょう。

・ドラゴンボール
・聖闘士星矢
・シティーハンター
・まじかるタルるートくん
・魁!男塾
・燃えるお兄さん
・こちら葛飾区亀有公園前派出所
・ジャングルの王者ターちゃん
・ジョジョの奇妙な冒険
・山下たろーくん
・ついでにとんちんかん
・BASTARD
・ろくでなしBLUES

などなど。

 

うーーーーーーん。

 

豪華。

 

ほとんど全部アニメ化してんじゃねーか。
ゲーム化も半分以上・・・

 

もちろん、キン肉マンや北斗の拳やキャプテン翼など。
この時には連載が終了していた作品の力による記録でもありますのでね。

本当に凄いバケモノ雑誌です。

 

 

明石家さんま・大竹しのぶ結婚

小4のクソガキ的には「さんまが女優さんと結婚したー!」程度の認識でした。

なんなら大竹しのぶさんを知ったのがこのニュース。

で、離婚されるのが1992年ですよね。

決して長いとは言えない結婚生活ですが、その4年間のことをもう30年近く喋り続けているわけで。

「この人は本当にすげえなー」と。

これを書くのにWikipediaを見たんですけど。
初めてちゃんと見ましたわ。さんま師匠の経歴。

もうずーーーっと現役で先頭を走られているので、改めて振り返ろうと思ったことすら無かったんですよね。

やっぱすげえわ。
そしてカッコいい。

 

というわけで、1988年でしたけど。

個人的には『みなさんのおかげです』かなぁ。

それまでの『ドリフ』や『カトちゃんケンちゃん』とは、また違ったお笑いの面白さに目覚めさせられた感じで。

私の人格形成における大きなターニングポイントになってる気はします。

良いか悪いかはわかりませんけど。

 

実質『昭和最後の年』となった1988年。
他にも色々ありますので、興味のある方はもっともっと掘り下げて懐かしんでみて下さいね。

 

こちら、動画バージョンです。

工藤静香に乗せて振り返ってます。

 

ではまた、1989年でお会いしましょう。

それではでは、こぼりたつやでした。

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