ちょっとした、競馬の話『ビールとウオッカの日本ダービー』

「もうここで見ればいいんじゃないですか?あっちは混んでるし」

後輩のタカシがビールを手酌しながら雑に言い放つ。

 

「そうだなー。そうすっかー」

私はそう言ってビールを飲み干し、タカシの方へ空になったグラスを差し出した。

 

この日はダービー。 競馬ファンが1年で最も心ときめく日だと言っても過言ではない。

「いや、おれはやっぱり有馬だね」というタイプもいるかもしれないが、私はダービー。

 

有馬記念には哀愁を感じてしまう。

それは言葉にし難い年末特有のもの。 真冬なので陽が傾くのも早く、レース映像が暗い。そして言うまでもなく、寒い。

しかも最近はジャパンカップを秋の最大目標として、有馬記念は回避するというパターンも増えてきた。悲しい話である。

 

その点ダービーはキラキラしている。

季節、気候、雰囲気、明るさ、出走馬、レースの格。 まさに競馬の祭典。 全てが完璧なのだ。

 

 

ああ、それなのに。

 

そんなレースが目と鼻の先で行われるというのに、私とタカシは飲み屋にいる。

東京競馬場と隣接した飲み屋の小さなテレビで、競馬の祭典に参加しようとしているのだ。

『バラック』という表現がしっくり来るような店。ここのマカロニサラダと焼豚は絶品。

 

 

「メス馬がダービーに出るって珍しいんすか?」

博打には目がないが、競馬には疎いタカシが聞いてくる。こいつの本職はスロット。

 

「うん、珍しいよ。おれも競馬見始めてから15年以上になるけど、1頭くらいしか見たことないかも」

 

「へー。てか、いくつから競馬見てるんすか」

 

最後の1枚となって気まずく残っていた焼豚に手を出しながら、タカシの問いかけを無視して続ける。

 

「前の週にオークスってメス馬同士の大レースがあるからさ、みんなそっちを狙うのよ。わざわざ強いオス馬と戦うことないでしょって」

 

「ふーん。じゃあなんでこの馬はダービーに出たんですか?」

 

「わかんねえ。あ、ビールもう1本ください」

注文と同時に、店員さんに空ビンを渡した。

 

 

ウオッカ。

阪神ジュベナイルフィリーズを圧勝し、今年の牝馬戦線の主役かと思われたが。 桜花賞ではダイワスカーレットの前に完敗。

 

「こりゃとんでもねえぞ」

それを見た私はダイワスカーレットの完璧な強さの虜になっていたのだ。

程なくしてウオッカはダービー挑戦を表明。

理由としては馬主さんの強い要望によるものだったようだが、私のような穿った見方をする競馬ファンは

「ははーん。ダイワスカーレットから逃げたな」

なんてことを思ったものである。

 

 

「で、ウオッカは買ったんですか?」

私のグラスにビールを注ぎながらタカシが聞いて来る。

 

「ううん、買ってない」

注ぎ終わったビールに手を伸ばすことなく、私は問いに答えた。

 

私にとって、ダービー馬は特別。

1990年以降の自分の歴史は、全てその年のダービー馬にタグ付けして記憶しているのである。

例えば1993年。私は中学3年。 好きな子と並んで写真が撮れて嬉しかった修学旅行のすぐ後にウイニングチケットが勝利した。

1996年。自身の進路など、これっぽっちも考えていなかった高校3年。武豊のダービー初制覇を目の当たりにしようと初めて徹夜並ぶも、勝利したのはフサイチコンコルド。

2002年。社会人1年目。 狙っていた同期の女子社員と遊んでる中でも、ダービーの結果が気になって仕方がなかった。 勝ったのはウオッカの父、タニノギムレット。

と、こんな感じでダービー馬を引き金としてあらゆる記憶を蘇らせることが出来るのが私の特技。

あの年のダービーってことは、俺はこうで社会はこう。みたいな。

これが周りから「記憶力が無駄に良すぎる」と評されている、カラクリだ。

 

ダービー馬は記憶の付箋。

 

どういうわけか、そこに牝馬は入って来て欲しくなかった。

男尊女卑なんて言われても仕方のない偏見だが、ダービー馬に対して並々ならぬ思いを寄せる私だからこそ。

『ダービー馬はこうあるべき』 なんてものがあったのだと思う。

 

・・・いや、ちがう。

 

『自分が見たことのないダービー馬は認めない』

こっちの方がしっくり来る。 排他的な考え。

 

小学生の頃から競馬を見ている私。 その無駄に長いファンキャリアによるものなのか。

『過去を美化して新しいものを認めない』という、趣味において最もクソつまらない考えに陥っていたのだろう。

早い話が、老害。 この時まだ28歳だけど。

 

「ダービーは牝馬じゃ勝てねーよ」

 

タカシに言ったのか自分に言い聞かせたのかはわからないが、そう呟いて泡の引いたビールを煽った。

 

 

この日、私が握りしめている馬券はアドマイヤオーラから数点に流したもの。

もちろんウオッカは切っている。

そして奇しくもこのアドマイヤオーラの母、ビワハイジこそ、私が記憶している『ウオッカの前にダービーに出た牝馬』なのである。

 

「おれ、ウオッカ買いましたよ。なんか応援したいじゃないですか」

顔に全く似合わない爽やかな台詞を言い放つタカシを無視して、テレビ画面を見つめる。

 

 

それからわずか数分後。

弾けるように府中のターフを駆ける牝馬に、私の凝り固まった考えは粉々に打ち砕かれていた。

 

 

軸馬のアドマイヤオーラには全く目もくれず、直線で力強く抜け出したウオッカを見つめていた。

後続の牡馬を突き放すその姿は、ただただカッコよかった。

 

「すげえ・・・」

 

 

牝馬がダービーを勝つ。

牝馬がダービーを勝つ!?

牝馬がダービーを勝つ!!

 

ダビスタやウイニングポストのような競馬ゲームではない現実の競馬で、牝馬がダービーを勝つなんてことが起こるのか!!!

気がついたら、ガッツポーズを決める四位洋文をとても清々しい気持ちで祝福していた。

 

馬券のことは頭から消えている。

外れていることだけは分かっていたので、アドマイヤオーラの着順を確認しようともしなかった。

 

割り箸を持つ手を震わせながら画面を見つめていると。

 

「うおー!当たった!おれ、当たりましたよ!」

 

タカシが何やらうるさい。

いいよいいよ、馬券なんて。 歴史的瞬間は余韻も楽しむのが競馬ってもんだ。

でもまあ、一応褒めてやるか。

 

「へー。よかったじゃん。馬連?」

 

「はい!なんか全然人気無いのが来たみたいです!」

 

ああ、2着ね。 そっか。忘れてた。 ウオッカだけのレースじゃなかったんだわ。

 

 

「馬連、54470円!?」

 

「はー!?」

 

「すげー!!!」

 

「ちょ、お前いくら買ったの!?」

 

「300円っす!!」

 

「うおー!マジか!」

 

「だから、えっと・・・」

 

「16万・・・!」

 

「すげーーー!!!」

 

「よし、払い戻し行くぞ!!」

 

「はい!」

 

「ここは奢れ!そしてこの後も奢れ!」

 

「もちろんっすよ!」

 

 

ウオッカの歴史的勝利と、タカシの16万。

自分の無力さを感じる隙間も無いくらいの大偉業に昂りながら、帰宅客とは逆走して東京競馬場の西門へと駆けて行く。

 

少しでも、少しだけでもウオッカと同じ空気を吸いたいという気持ちで。

 

 

【第74回 東京優駿 日本ダービー】 2007年5月27日

1.ウオッカ 四位洋文

2.アサクサキングス 福永祐一

3.アドマイヤオーラ 岩田康誠

4.サンツェッペリン 松岡正海

5.ドリームジャーニー 蛯名正義

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