競馬

ちょっとした、競馬の話『目の前を駆け抜けたシャドーロールの怪物』

「これは三冠取りそうだな」

2着サクラスーパーオーとの馬連を見事に的中させた父が言う。

競馬にロマンやストーリー性を求めていない馬券師スタイルというのが父なだけに、この一言はとても強く印象に残っている。

 

 

三冠馬。

1984年のシンボリルドルフ以降、10年間出ていない。
ということは、もちろん私も見ていない。

 

1991年。
無敗の二冠馬、トウカイテイオーは骨折のため菊花賞は回避。

翌年の1992年。
やはり無敗の二冠馬、ミホノブルボンは三冠目前にしてライスシャワーに敗れた。

どちらも三冠間違いなし!と思っていたため「そう上手くいかないものだな」と、勝負の厳しさを痛感していた。

 

 

シャドーロールの怪物。

1994年の主役を張るであろう馬に付けられたキャッチコピー。

視界に入った自らの影に驚いてしまうため、目の下に巻いたタオルのようなものを装着する。
そうすることにより脚元が視界に入らず、自分の影に驚いてしまうということが防げる。
その馬具の名前が、シャドーロール。

 

「へー。自分の影に驚く馬なんているんだ。ずいぶん臆病なのね」

この馬がキッカケでシャドーロールの存在を知り、こんなことを思った競馬ファンは私だけでは無かったはずだ。

それまでは目にしていたとしても、強く意識はしたことがなかった。

 

シャドーロールの怪物。

『臆病な馬』というのが一目でわかる馬具。
それなのに、怪物。

そんな不思議なキャッチコピーを付けられた、ナリタブライアン。
早いうちから『三冠間違いなし』と取り沙汰された。

 

 

「怪我だけはしないで欲しいなぁ」

父の言葉に、私は続いた。

それからの1ヶ月は、ナリタブライアンが無事かどうかを確認することが毎朝のルーティンワークとなった。

朝起きる。
1Fに降りる。
食卓に置いてあるスポニチを手に取る。
真ん中あたりの競馬欄を開く。

「よし、ナリタブライアンが怪我をしたニュースは載ってないな」

この安堵感を覚え、朝食をとる。

 

 

私は明らかに『ダービー』ではなく、秋の菊花賞までも含めた『三冠』を意識していたのだ。

普通なら「無事にダービーに出てくれよ」と思うところを「無事に三冠取ってくれよ」と。

もうトウカイテイオーやミホノブルボンみたいな悔しい思いはしたくない。

 

 

ダービー当日、府中は雨だった。
雨だからこそ、競馬場に足を運んだ。

初めてのダービー観戦。

雨だから空いてるかな?と思いきや、さすがはダービー。見たことのないくらい混雑していた。

慣れない私は混雑を避けたく、最後の直線を逆走する形で東へ東へと居場所を求めて彷徨った。

 

「ここでいいか」

辿り着いたのはスタンドの東端。
4コーナーをカーブしてすぐの直線入り口、残り400m付近。

ここでは肝心のゴールシーンが肉眼ではまるで見ることができない。

でもまあ、雰囲気を味わえるだけよしとしよう。

 

 

 

 

目の前をナリタブライアンが駆け抜けた。

 

普段の競馬では考えられないくらい間近で見られた。
雨によって悪化した内側の馬場を避け、鞍上の南井克巳は外へ外へと進路を取った。

おかげで他の馬が邪魔になることもなかった。

普段よりも間近で、そしてハッキリと、ナリタブライアンの勇姿を目に焼き付けることが出来たのだ。

しかしそのわりには、

「わー、本当にシャドーロールしてるんだぁ」

などと、なんともつまらない感想を抱いたものである。

 

 

帰宅してすぐに録画していたスーパー競馬を見た。

私の目の前を駆け抜けた様子を、改めて感じたかったから。

 

 

「これ、外に向かって走ってるよな?」

馬券を的中させ、ホクホク顔の父が言う。

「だって本当に近かったもん。まさにこの400mの標識のところで見てたんだけどさ」

「へー、そりゃいいもん見たな」

圧勝という言葉では足りないくらいの勝利。
一頭だけ次元の違う走りを見せ、競馬ファンの度肝を抜いた。

 

 

暴力的な強さ。

どこかで目にしたのか、私が考えたのか。

今となってはよくわからないけれど、私はナリタブライアンをこのように評する。

これはもう、天候・馬場・展開・メンバー構成など。
どんな悪条件が重なっても、ナリタブライアンなら力でねじ伏せるだろうという意味。

“早仕掛け”と言われながらの超大外一気。
こんな勝利を暴力的と言わずになんと言うのか。

 

 

今年こそ、三冠馬を見られるはず。

泥で汚れたシャドーロールを見ながら、5ヶ月後のことを考える。
とにかく無事に秋を迎えて欲しい。

 

「三冠取るかな?」

「まあ、取るだろうな。ビワとやるまで負けないだろ」

 

負けない。
こんなに強い馬が負けるわけがない。
一体どこまで行くのだろう。

 

三冠の先には現役最強馬である、兄ビワハヤヒデとの対決も待っている。

 

そんな期待に胸を膨らませつつ、菊を待つ。

 

 

【第61回 日本ダービー】
1994年5月29日

1.ナリタブライアン 南井克巳

2.エアダブリン 岡部幸雄

3.ヤシマソブリン 坂井千秋

4.フジノマッケンオー 武豊

5.ノーザンポラリス 的場均