競馬

ちょっとした、競馬の話『ずっとユタカが好きだった。』

「ねえねえ、1番好きなジョッキーって誰なの?」

 

小学校からの付き合いがある女性。
私にとって数少ない友人と言える。

 

「武豊。ユタカが1番好き」

 

「へー!わたしは小牧!」

 

3年前から競馬を覚え、みるみるうちに詳しくなっている。
しかも1番好きな騎手がいぶし銀のベテラン、小牧太というのだから恐れ入る。

一方の私は競馬ファン歴30年。
先輩ヅラしてあれこれ講釈を垂れてもおかしくない立場なのだが、好きな騎手はスーパースター武豊。

競馬ファン歴3年の女性→小牧太
競馬ファン歴30年の私→武豊

これではどっちがベテランファンなのかわからない。

 

元々”ユタカ”は好きな騎手だった。
というよりも、私が競馬に興味を持つキッカケとなったのがユタカとも言える。

 

オグリキャップVSスーパークリークVSイナリワン

平成の幕開けと共に熱く激しいレースを繰り広げていたこの3頭に、当時小学生だった私が反応した形。

 

もちろん『父が馬券師』『府中市在住』という絶好の環境があったからこそなのだが。

この三強争いの中心にいた騎手が、若手ナンバーワンジョッキーの武豊だった。

スターホース、オグリキャップのライバル馬であるスーパークリークの主戦騎手。
イナリワンでもG1タイトルを手にしている。

もちろん、あのオグリキャップの引退レースも思い出深い。

さらには大好きだった佐野量子との結婚も、子供ながらに嬉しいニュースだと感じられた。

 

 

「またタケだよ・・・」

一緒に競馬を見ている父が何度となく呟いていた台詞。

 

父はユタカをタケと呼ぶ。
私はタケをユタカと呼ぶ。

 

90年代〜2000年代のユタカは、それはそれは本当に凄まじいものがあった。

とにかく勝つ。勝って勝って勝ちまくる。

記録という記録は、全てユタカに塗り替えられるためにあるとも言えるくらい。

そんな騎手のもとには自ずと強い馬が集まってくるわけだから、ただひたすらに勝ち続ける。

『卵が先かヒヨコが先か』みたいな話。

 

 

父は武豊と相性が悪かった。

それもそのはず。
馬券検討の際には、まず必ずユタカを切ろうとするから。
ユタカの乗る人気馬の不安要素を、半ば無理やり見つけることから父の予想は始まるのだ。

だから「武豊とは相性が悪い」というのは父だけではなく、穴党なら誰しもが抱いたことのある感情なのだ。

 

 

2010年代に入ると、そんな武豊が数年間の不振に陥った。

年間勝利数はそれまでの半減以下。
大レースに騎乗してはいるものの、人気も注目度も低い馬ばかり。

2010年の落馬事故が原因と言われているが、それ以外の様々な噂や憶測が競馬ファンの間で飛び交った。

そしてついに2012年には自らの1年目に記録した69勝も下回り、年間56勝・リーディング19位という歴代ワーストの成績に終わる。

 

 

武豊は終わった。

 

 

年齢的なものや地方出身騎手・外国人騎手の台頭など、どうにもならない部分も含めて。
昔のような『武豊時代』は終焉を迎えたのだ。

盛者必衰という言葉があるのは知っているけれど、いざ残酷な現実を突きつけられるとファンとしては胸が痛んだ。

 

「タケがいないと寂しいなぁ」

 

アンチ武豊だったはずの父が言う。

「またタケだよ」とは正反対の言葉である。

 

 

日本を襲った未曾有の大災害。
東日本大震災により『絆』という言葉がクローズアップされ始めた。

こんな時だからこそ、人と人との繋がりを大切にしよう。というものだと私は解釈している。

 

2011年3月。
東日本大震災で混乱する中。

「”こんな時だからこそ”、我々も頑張らなければいけない」と、出走に踏み切った世界的レースのドバイワールドカップ。

そのレースで見事に日本馬がワンツーフィニッシュを決めるというとんでもない大偉業を成し遂げ、日本の競馬ファンに元気と勇気を与えてくれた。

そのレースで2着になったトランセンドの馬主である前田オーナーは、その活躍に至るまでの関係者の必死の努力に感銘を受け、とある決断をする。

次の世代で一番良い馬に付けるための『名前』を決めたのである。

 

 

2012年12月。
武豊は一頭の馬と運命的な出会いを果たす。

 

その馬の名は『キズナ』。

前田オーナーに名付けられた馬である。

 

 

2013年5月26日。
第80回日本ダービー。

キズナと名付けられた漆黒の馬は、父のディープインパクトと同じ舞台に立っていた。

単勝人気も父と同じ1番人気。
そして背中に跨るのも父と同じ、武豊。

日本ダービーの雰囲気というのは普段とは全く別物なのだが、この日ばかりはそれに輪をかけて異様だった。

 

キズナへの期待感。

いや、

武豊への期待感。

 

『何が起こるかわからない』というのが競馬の面白さであり怖さでもあるはずなのだが。

この日ばかりは、

「とうとうユタカが帰ってくる!」

こんな空気が競馬場全体を支配していたと感じられた。

もちろん”それ”は、私が”それ”を強く望んでいたからというのもあるけれど。

 

 

最後の直線残り100m。
私は必死に声を上げていた。

 

「ユタカ!ユタカ!」

 

しかしこちらも悲願に向けて躍起になっているであろう、福永祐一鞍上のエピファネイアが真ん中から堂々と先頭に立つ。

止まらない先頭集団をやっと捉えたエピファネイア。

 

ゴール目前!

 

普通ならこれで良かったはず。
“ユーイチ”がついにダービージョッキーの座を掴み取れているはずなのだが。

 

 

外からキズナ。

 

 

勝利目前のエピファネイアに外から襲いかかった漆黒の馬体は、まるで図ったかのようにゴール直前で差し切った。

 

 

「ユタカー!!!」

 

私が握りしめていた馬券は、ユタカとキズナを全力で応援するために購入した単勝一点買いのもの。
配当云々なんて、このレースに限ってはどうでもよかった。

いつものようにクールに。
それでもいつもよりちょっとだけオーバーに、ユタカは左手でムチを掲げた後に右手で拳を握った。

 

それを見て、私は泣いていた。

 

今までに経験したことのないような万雷の拍手に包まれる東京競馬場。
やがてその拍手は『ユタカコール』へと変わっていった。

さすがは武豊。
14万人の大歓声がよく似合う。

 

 

そして私は、少しだけ意地の悪いことを思っていた。

 

「ユタカ、泣くかなぁ」

 

さすがにあの武豊とはいえ、この復活劇には思うところがあるはず。
勝利者インタビューで声を詰まらせるところは絶対に見たい。

と、そんなことを考えながらその時を待つ。

 

しかし、スーパースターはどこまでもスーパースターだった。
涙どころか、クールな笑顔。
それまでのユタカと何一つ変わらない完璧なる受け答え。

 

さすがだわ。
やっぱり凄い。
レベルが違うわ。

そんなことを思い、そして少しだけ拍子抜けしながらインタビューを見ていたのだが。

最後に一言。

 

 

 

「僕は帰ってきました!」

 

 

 

 

一体この一言に、どれだけの意味が詰まっているだろうか。

この言葉を発した本人の意図は置いといても、我々ファンが最も聞きたかった言葉だと言える。

 

 

ずっとユタカが好きだった。

 

 

ようやく認めることができた。
今まではそんな自分に照れくささを感じていた。
ありきたりで、当たり前で、直球ど真ん中みたいなことはとても口に出せなかったのだ。

 

 

この勝利を機に、再び競馬界のど真ん中に君臨することになるスーパージョッキー。

そして私は今度こそ胸を張ってこう言うのだ。

「好きな騎手は?」と聞かれた時には、

 

「武豊。ユタカが1番好き」と。

 

 

 

【第80回 日本ダービー】
2013年5月26日

1.キズナ 武豊

2.エピファネイア 福永祐一

3.アポロソニック 勝浦正樹

4.ペプチドアマゾン 藤岡康太

5.ロゴタイプ C.デムーロ