競馬を知らない人にも伝えたい!すえつな名馬館 その4『ライスシャワー』

むかしむかし、あるところにメジロマックイーンという馬がいました。

1990年の菊花賞と1991年の天皇賞・春を勝ち、名実ともに『日本で一番強い馬』になったのです。

そんな中、ある一頭の馬がマックイーンに戦いを挑みました。

 

 

その馬の名はトウカイテイオー。

デビューから無敗のまま皐月賞と日本ダービーを制し、二冠馬に輝きます。

残念ながら三冠目の菊花賞は怪我で出走することは叶いませんでしたが、翌年の大阪杯で見事に復活。

ついに天皇賞・春でメジロマックイーンとの直接対決が実現することになったのです。

 

メジロマックイーンは『天皇賞・春二連覇』という大記録が。
そしてトウカイテイオーには『無敗での天皇賞制覇』という大偉業が掛かっていました。

 

そんな”世紀の対決”。
勝ったのはメジロマックイーンでした。

 

特に長距離においては日本競馬史上最強レベルと言える実力をいかんなく発揮し、他馬を寄せつけない圧勝劇。

見事に『天皇賞・春 二連覇』という大偉業を成し遂げたのであります。

しかしマックイーンはそのレース後に故障が判明。
残念ながら長期休養となってしまいました。

 

それから約1年後の1993年4月。

奇しくも前年、トウカイテイオーが復帰戦に選んだ大阪杯でメジロマックイーンもターフに戻りました。

もちろん圧勝。
長期休養もなんのそのと言った感じの大楽勝。

改めて「やっぱりマックイーンが一番強い」と再認識させられたのでございます。

 

そして迎えた大舞台。

メジロマックイーンは単勝1.6倍という断然の一番人気で、前人未到の『天皇賞・春 三連覇』へと挑むのでありますが・・・

 

ここで話は一旦、その1年前へ戻ります。

 

 

1992年の皐月賞で、とある栗毛の馬が逃げ切り勝ちを収めました。

その馬の名は、ミホノブルボン。

『栗毛の超特急』と呼ばれたブルボンが、デビュー以降負け無しで皐月賞を制したのです。

 

もちろん続くは日本ダービー。

前年のトウカイテイオーに続く『無敗の二冠馬』への挑戦となりますが、ミホノブルボンには一つ大きな不安要素が囁かれておりました。

 

“距離の壁”

 

血統面から見て「ダービーの2400mは長いのでは?」と、マスコミもファンも不安視していたのですが。

蓋を開けてみれば、5馬身差の大楽勝。

距離の壁など無かったかのような走りで、見事に府中の2400mを逃げ切ったわけでございます。

 

そして無事に夏を越え、秋のレースに元気な姿を見せたミホノブルボンは前哨戦を楽勝。

デビュー以来、無傷の7連勝。
他馬を寄せつけない危なげない走り。
いよいよ『無敗の三冠馬誕生』への機運が高まります。

 

1992年11月8日 京都競馬場
三冠レース最後の一つ、菊花賞。

もちろんミホノブルボンが断然の一番人気。
単勝オッズも1.5倍まで下がり、ファンの期待は最高潮。

ミホノブルボンが無敗の三冠馬になることを、多くのファンが信じて疑わなかったのですが。

 

勝ったのはライスシャワーという馬でした。

 

それまでミホノブルボンに4度敗れていたライスシャワーが、三冠レース最後の菊花賞で大仕事をやってのけたのです。

 

 

ーーーーー(実況)ーーーーー

ミホノブルボン先頭で第4コーナーをカーブする!
あと400メートル!

どこからでも、なんでも来い!という感じかミホノブルボン!

ライスシャワーが襲い掛かってくる!
外からライスシャワー!
外からライスシャワー!

さあミホノブルボン逃げる逃げる!

外からライスシャワー!
ライスシャワーかわしたか!
ライスシャワーかわしたか!

あぁ〜・・・ライスシャワー先頭に立った

ミホノブルボンは3冠にならず!
ライスシャワーです!ライスシャワーです!

あ~という悲鳴に変わりましたゴール前!

 

(杉本清アナ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

まさかの敗戦に、歓声よりもどよめきの方が勝っていた京都競馬場。

シンボリルドルフ以来の三冠馬誕生は夢と消え、そしてミホノブルボンはこのレースを最後にターフを去りました。

 

 

ここで話を1993年春のメジロマックイーンに戻します。

 

1993年4月25日 京都競馬場

メジロマックイーンが『天皇賞・春 三連覇』という超大偉業に挑みました。

 

 

ーーーーー(実況)ーーーーー

第4コーナーをカーブした
マックイーンの独走になるか!?

外から、外からライスシャワー
あー!マックイーンムチが飛んでいる!

ライスシャワーかわした
ライスシャワーかわしたか!

もう一度マックイーン!
今年だけもう一度頑張れマックイーン!

しかしライスシャワーだ!
昨年の菊花賞でも ミホノブルボンの三冠を阻んだライスシャワーだ!

ライスシャワー完全に先頭!
2馬身から3馬身!
ライスシャワーだ!

ライスシャワー1着!
マックイーンは2着~!!

関東の刺客!ライスシャワー!

天皇賞でも圧倒的な人気のメジロマックイーンを破りました!

昨年の菊花賞でもミホノブルボンの3冠を阻んだライスシャワー!

春の天皇賞ではメジロマックイーンの大記録を打ち砕きました!

 

(杉本清アナ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

またしても、勝ったのはライスシャワーでした。

 

 

 

 

はい。

というわけで、私は愕然としたわけですよ。

「またお前かよ!!」と。

 

ちなみに天皇賞・春三連覇は2021年現在、達成されておりません。

二連覇は他に3頭いるのですが(フェノーメノ、キタサンブラック、フィエールマン)

三連覇をかけて出走したのはメジロマックイーンだけなんです。

 

同じG1に3年連続出走するだけでも難しいのに、それが全て圧倒的な一番人気なんて至難の技ですからね。

しかも春シーズンだとなおさら(3歳での出走が不可)

競馬ファンを続ければ続けるほど「このマックイーンの敗戦は競馬史としても痛かったなぁ」という思いが強くなってます。

 

もちろん、そんな思いをしたのは私だけでは無いでしょうし。

ミホノブルボンの三冠も含め、ライスシャワーに悔しい思いをさせられた競馬ファンがどれだけ多かったことか。

 

ていうかねー。

それでライスシャワーが『最強馬』だったらいいんです。

もちろん強いんですよ。
強いからこそ、ブルボンにもマックイーンにも勝ったわけですから。

 

でもとにかく、負けも多い。

 

戦績で見ると・・・25戦6勝。

その6勝のうち2つが、菊と春天という内訳。

 

しかも、マックイーンの大偉業を阻んでからは9連敗。
時間で言うと約2年間も負け続けたわけですから。

「よりによって、なんでそこなんだよ!」と思ってしまっても仕方ないわけでございます。

 

そんなわけで、ライスシャワーは『稀代のヒール』として歴史に名を残すわけです。

『刺客』『レコードブレイカー』『マーク屋』なんて言われ方もしてましたね。

言うまでもなく、私もそういう目で見てました。
なんなら大嫌いでした。

 

そりゃそうですよ。

競馬を見始めて、初めての三冠馬とG1三連覇をぶち壊されてるわけですからね。

 

 

さて。

前述の通り、メジロマックイーンに勝ってからは白星から遠ざかりました。

途中怪我による休養もありましたが、約2年間で9連敗。
しかも馬券に絡んだのはたったの3回。

 

「もう過去の馬か・・・」と、思っていたその時。

 

思い出のレースで、ライスシャワーが目を覚まします。

 

 

 

1995年4月23日 京都競馬場
第111回天皇賞・春

出走馬18頭のうち、G1レースを勝利しているのがライスシャワー1頭だけ。

しかも得意とする京都の長距離にも関わらず、単勝は4番人気。

私と同じ「この馬は終わった」という評価だったのですが・・・

 

 


引用 www.youtube.com

 

 

菊花賞ではミホノブルボンを、2年前の天皇賞ではメジロマックイーンをマークしながら走った第3コーナーから第4コーナー。

この時は先頭で駆け抜けました。
主役に挑む立場ではなく、堂々たる主役として。

 

最後の直線、私は心からライスシャワーの勝利を願ってました。

 

残れ!

 

粘れ!

 

がんばれ!

 

あの時のミホノブルボンやメジロマックイーンに送っていたと同じか、それ以上の気持ちで声を上げてました。

 

 

 

ーーーーー実況ーーーーー

いや~、やっぱりこの馬は強いのか!

さあ完全にライスシャワー先頭だ!
ステージチャンプが2番手に上がった!
ライスシャワーとステージチャンプ!

やったやったライスシャワーです!

恐らく、恐らくメジロマックイーンもミホノブルボンも喜んでいる事でしょう!

ライスシャワー今日はやった~!

 

(杉本清アナ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ゴール前、凄まじい末脚で猛追してきたステージチャンプをハナ差退けたライスシャワー。

過去2回とは違い、大歓声と拍手喝采で祝福されたわけでございます。

そしてこの天皇賞で復活を遂げたライスシャワーは競馬ファンの心を見事に掴み、『宝塚記念ファン投票第1位』という栄誉を手にしたのです。

 

刺客から主役へ。
ヒールからヒーローへ。

 

 

1995年6月4日 京都競馬場

多くのファンの支持を得て、堂々たる主役として挑んだ宝塚記念。

ファン投票は1位でしたが、単勝は3番人気。

ギャンブルとしての競馬で見るとシビアではあるものの、しかしそれは馬券を超越した愛され度の裏返し。

もちろん私も、レース前から応援していたわけではありましたが・・・

 

 

 

ーーーーー(実況)ーーーーー

おっと一頭落馬! 一頭落馬!

これは何が落馬したんでしょうか・・・

ライスシャワー落馬!
ライスシャワー落馬であります!
大波乱!大波乱!

第3コーナーの下りで、あの天皇賞では先頭だったライスシャワーが落馬しています!

ライスシャワー落馬!

(中略)

ダンツシアトルが1着でゴール板を通過しましたが審議ー!

あ~〜〜、無残・・・!

16番のライスシャワー骨折!!

なんとー!!
これは大アクシデントであります!

16番のライスシャワー骨折!!

 

(杉本清アナ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

レース後にカメラが捉えたライスシャワーの姿は、思わず目を覆ってしまうほどの状態で。

この時はまだ競馬を見始めて日の浅い私でしたが、ライスシャワーの走っている姿が二度と見られなくなることはすぐに理解できました。

 

あのシーンだけは一度も見返したことはありませんし、この先も見返すことはできません。

にも関わらず、あのライスシャワーの姿は脳裏から離れず、これを書いている今も胸が締め付けられる思いです。

 

普段は阪神競馬場で行われる宝塚記念でしたが、この年は阪神大震災による影響で京都競馬場で行われました。

無敗の二冠馬、ミホノブルボンを破った京都。
メジロマックイーンの大偉業を阻止した京都。
2年ぶりの復活を果たし、祝福された京都。

その京都でライスシャワーは安楽死処分となり、競走馬としての一生を終えたのです(左第一指関節開放脱臼、粉砕骨折)

 

確かにミホノブルボンやメジロマックイーンの関係者や応援していたファンは悔しい思いをしたはずです。私もそうでした。

でもライスシャワーがいたからこそ、ブルボンもマックイーンも語り継がれてる。

 

ちなみに馬名の由来は、結婚式でのライスシャワーから。

『この馬に携わる人、すべてに幸せが訪れるように』との願いが込められていたとのこと。

25年以上経った今でもこんなに熱く語れるんですから。
ライスシャワーという馬を見ることが出来て幸せでしたよ。

同じ時代に生きることができて良かったです。

 

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