お笑い

吉本が揺れてるこんな時だからこそ、ダウンタウンの思い出を語ります【その1】

どうも。
ダウンタウン大好きブロガー、こぼりたつやです。

 

これを書いているのが2019年7月28日(日)。
先々のために記録しておきますわ。

 

吉本興業が闇営業問題で激震している真っ只中。

宮迫&亮の会見→松本&東野ワイドナショー生放送→スッキリで加藤激怒→岡本社長の会見→SNS等で大騒ぎ

こんな感じの今です。

なんかもうね。
この騒ぎがいつまで続くのか、今後どうなるのかもよくわからないので。

大好きなダウンタウンの思い出でも語ってようと思います。

 

 

小学校5〜6年生くらいですかね。
自分の部屋にテレビが導入されて、親に隠れてコソコソと深夜番組を見始めた頃です。

まだ平成に入ってすぐ、それはそれはエッチな番組が山ほどやっていたわけですよ。

私は睡眠時間を割いて、それらの番組を必死に追いかけていたわけです。
とにかく女の人の裸が見たいお年頃ですからね。

そんな時期にも関わらず、初めてエロ目的以外で視聴する深夜番組と出会いました。

それが『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』と『夢で逢えたら』。

クソガキながら衝撃でした。
「こんなに面白い人たちがいるのか!!」って。

もちろんその頃は、ダウンタウンの大阪時代や東京進出などの事情も知りませんから。
ただただ突如現れた『面白すぎる二人組』に羨望の眼差しを送っては笑いをこらえておりました。

そう。
親に隠れて見ている深夜番組のため、声を上げて笑うことが出来なかったのです。

間も無くして、ダウンタウンを色々な番組で目にするようになりました。

両親と一緒に見ているゴールデンタイムのバラエティーやクイズ番組など。
私は「ダウンタウン!すげー面白いんだよ!」と、両親に向かって必死に売り込んでました。

しかし父も母も、

「この人の言ってること、なんかよくわからない」
「あっちの人、いちいちギャーギャーうるさい」

という反応。

私は「なんで分かってくれないのかなぁ」と、残念というよりも不思議な気持ちになりました。

『おもしろい』の逆は『つまらない』というのが私の中の価値観だったのですが、そこへ出てきた『わからない』という感想。

うーーーーーーん。
不思議。

そしてようやく出会います。
忘れもしない、小学校6年生の頃。

同じクラスの女子数人が「ダウンタウン面白いよね」という会話をしているのを耳にしまして。
すぐにその輪に飛び込みました。

やっと見つけた!!!

その直後くらいかな。

クラスみんなで紙飛行機を折って、それを体育館で飛ばすという企画。

ガキ使っぽく言うならば、

『第1回 ガキの使いやあらへんで!チキチキ 最も遠くまで飛ばすのは誰か!紙飛行機選手権〜!』

みたいなのをやったんです。

小6にもなって何してんだって話ですけど、確かにやりました。

そんで、その時に作った紙飛行機に名前をつけたんです。
これはもう笑わせてやろうという気マンマンで。

ハッキリとは覚えていませんが、その時に付けたのは飛行機っぽくない名前。

人名だったかな?
メジャーな苗字を付けていた気がします。

それまでなら飛行機っぽくカタカナで名付けていたところを、全く違うテイストで攻めてみたのです。

いわゆる、

「え!?なんで飛行機にそんな名前つけるの!?」

的なやつ。

今ではお笑い的にオーソドックスな手法となりましたが、その時は最先端。
『不条理』や『シュール』といった言葉が広まる直前くらいだったと思います。

案の定、ダウンタウン好きの女子たちには大ウケ。

そして逆に、担任の先生からは「なんで飛行機にそんな名前をつけたんだ?よくわからない」というお言葉を頂戴しました。

そう。

これ。

これなのです。

『おもしろい』と『よくわからない』

この両方の評価が欲しかった。

そしてクソガキながら「おれも松っちゃんみたいになれた!」と、心の底から喜びました。

だからこそ、今でも鮮明に覚えているのです。

そしてこの紙飛行機の一件以降、私はより一層ダ、ウンタウンの虜になっていきました。

その後、中学生になった私。

早い時間帯になった『ガキ使』と、レギュラー放送が開始された『ごっつええ感じ』。

「毎週日曜日が楽しみで楽しみで仕方ない!」という状況の中。

レンタルビデオ店にて1本のビデオを見つけます。

そしてそのビデオテープとの出会いは、

「私の人生を大きく変えた!」

と言えるほど大きなものとなるのです。

 

つづく。

あわせて読みたい
こんな時だからこそ、ダウンタウンの思い出を語ります【その2】どうも。 ダウンタウン大好きブロガー、こぼりたつやです。 この続きです。 https://tatsuya-kobo...