どうも。
昭和53年10月生まれブロガー、こぼりたつやです。
さて今回は、駄菓子屋さんの思い出。
よかったですねー。
好きだったですねー。
楽しかったですねー。
最近ではテレビやYouTubeでも駄菓子屋さんを扱う企画も少なくないですし。
未だによく食べてた駄菓子なんかを見るとテンション上がりますし。
いくつになってもあの頃の思い出というのは生き続けているわけです。
さて。
私が通っていた府中市立新町小学校の近くにも、もちろん駄菓子屋さんはありましたが。
その数、なんと4軒。
言っても私の小学校時代は昭和後期〜平成にかけてのものですから。
いわゆる『昭和駄菓子屋文化』で見ると本当にギリギリの世代。
にも関わらず4軒もの駄菓子屋さんに囲まれて生活していたのですから。
かなり恵まれた環境だったと言えるかもしれません。
まあ府中市というのが東京でも田舎の方だというのもあるんでしょうけどね。
そんな4軒の思い出。
まずは『あさひや』です。
小学校から最も近い場所にあり、目の前が公園という最高の立地。
少し広めの駄菓子屋さん。
俺たちのホームであり、拠点であり、社交場であり、溜まり場。
暇さえあれば「あさひやに行けば誰かいるだろう」の精神で通ってました。
野ざらしの10円パチンコ、薄暗い店内。
冷やされたすもも、凍ったあんず棒。
当たり出すと止まらない棒きなこ、ちょっと高価なゴールドチョコ。
懐かしい・・・・・・
涙が出るほど懐かしい・・・・・・
じーちゃん、ばーちゃん元気かなぁ?
余裕で100歳超えてると思うけど。
そんなあさひやの思い出は、本気出せば夜通し語れてしまうくらい山ほどあるのですが。
特に印象深いのは、ねりあめとラーメンです。
あさひやには色んなクジが置いてありましたが、その中でも”ねりあめ”のクジ(一回30円)
とにかく甘くて。
割り箸でねりねりしながら食べて。
ネバ〜〜〜って信じられないくらい伸びて。
銀歯なんか秒殺で持っていかれるんじゃねーか、みたいな。
なんなんだ?あの食い物は。
もう今となっては何が嬉しくてこんなもん食べてたのか理解に苦しみますが、その時は美味しかったんです。
でもその時から「ねりあめは、ちょっとでいい」とも思ってました。
そんなにいらん。
一回30円という数あるクジの中でも高値のねりあめクジ。
どうせ挑戦するなら当たるに越したことは無いはずなのですが。
ねりあめに関しては「ハズレでいい!」と思いながらやってました。
だってさー。
当たるとデカいやつ来るんだもん。

こんな梅干しの容器みたいなのに入れられた、巨大ねりあめ。
・・・一休さんでも持て余すわ。
一度これが当たって以降、軽くトラウマになりましてね。
食べきれず泣きながらゴミ箱に捨てましたから。
それならもうやるなよって話なんですけど、ねりあめを無性に食べたい日もたまにある。みたいな。
あとラーメンね。
こういう小さいカップ麺(50円)に、


お湯(10円)を入れてもらって、それを公園で食べるのが究極の贅沢なんですけど。
この時に、とある現象と言いますか。
ちょっとした面白いことが起こるんですね。
・・・わかりますか?
これにピンと来たら、あなたも立派なクソガキ。
正解は・・・
『スープをもらおうとする奴が寄ってくる』
です。
ラーメン食べてると周りで遊んでる連中がウジャウジャ集まってくるんですよ。
「スープちょうだい!スープ!」
「一口スープ飲ませて!」
行列できますからね。
もう本当、マジで何なのお前ら。
もちろん私も行ってましたし、並びましたけども。
あとは爆竹やカンシャク玉や火薬鉄砲なんかも売ってましたからね。
犬のフンが落ちてたら、大体それらと組み合わせて遊んでました(大迷惑)
懐かしいなぁ。。。
そんなあさひやから、自転車で5分ほど北上しますと『花島屋』というお店がありました。
通称 “はなじ” 。
(はまじのイントネーション)
このはなじは、基本的には文房具屋さんで。
そこにちょっとした駄菓子屋要素を加えたようなお店でした。
立地的にも商店街の入り口で、しかも一方通行の道路に面しているということで。
集まったり溜まったりするには不向きな場所だったと言えるかもしれません。
とは言えパチンコもありましたし、ガチャガチャもありました。
そしてそして。
私の中で最も思い出に残っているのは。
生まれて初めてカードダス20をやった場所!

すごいですねぇ。
懐かしいですねぇ。
ちなみに、この花島屋と前述のあさひや。
何がいいって『完全なる領土内』なんですよね。
隣国から攻め込んで来る荒くれ者と遭遇するなんてことは、ほとんど無いお店。
だから安心して楽しめたわけなのです。
そんな花島屋から南東へ5分ほど走ると『おもちゃのエース』に着きます。
ここは駄菓子屋スペースと別にゲームスペースもありましたから。
溜まり場としてはなかなかの好環境だったと言えます。
エースで思い出深いのは、やっぱり『パウチッコ』です。
パウチッコ、分かります?
私は30年以上、このパウチッコが全国共通語だと思っていたのですが、実はそうでもないみたいで。
何度も恥ずかしい思いをして来ました。
要は『ラミネート』ですね。
100円だか200円でお気に入りのカードやブロマイドをラミネート加工してくれるんですけど。
「上手い商売やってんなー」と、当時から思ってました。
私の周りだと、大体プロ野球カードゲームでしたね。
こういうやつ。


特にロッテの落合とかバースとか。
ゲームで活躍してくれる超強打者がパウチッコ要因だったと思われます。
女子もやってたのかなー。
東山とか諸星とか、その辺のブロマイド。
てか、プロカーが死ぬほど懐かしくて泣けてくる。。。
(プロカー→プロ野球カードの略)
そんなエースは、駄菓子屋としてもゲーセンとしても楽しいお店ではありましたが。
領土内ではあれど、隣国との境界線近くだったので、常に緊張感を持ちながら遊んでました。
結構、気疲れするんですよね。。。
そして最後、エースから3分ほど南下したところにある『おもちゃのはしもと』。
決して広いとは言えない敷地ですが、駄菓子があっておもちゃがあって外にはゲーム筐体もあるという、非常にバランスの取れたお店で。
私も好きな場所だったんですけど。
一つだけ大きな問題が。
ここは完全なる隣国の領土となってますので。
上の3つのお店のような安全は、1ミリたりとも確保されていないということなのです。
また隣の小学校の連中が戦闘民族みたいなのばかりでね。
平和を愛するナメック星人のような我々としては、非常に面倒で鬱陶しい存在でした。
一度、友人のツトムくんがミニ四駆を買うって言うので付き添いで行ったんですよ。はしもとに。
そしたらちょうど人気の車種『エンペラー』ってのが入荷したばかりだったので。

「おお!やったね!ラッキーじゃん!」とか言ってツトムくんはそれを手に取ったわけですよ。
そしたらそしたら。
突然背後から肩を掴まれ、振り向いたツトムくんの顔面に渾身の右ストレート。
思わず吹っ飛ぶツトムくん。
床に落ちるミニ四駆。
するとそいつは、その箱を拾い上げてレジのおばちゃんに持って行って。
何事もなかったかのようにお会計を済ませ、その場を去ったのです。
山賊か、おめーは。
とにかく衝撃でしたよね。
うちの学校は本当に平和そのものでしたから。
こんなに日常的な暴力を目の当たりにしたのは初めてでした。
そして一部始終を見ていたおばちゃん。
さすがに同情したのか、裏に置いてあった発売したばかりの珍しいミニ四駆を出してきて。
「よかったらこれを買いなさい」と。
強奪されたものより新しく、レア度も高い車種をツトムくんはゲットしてました。
全然羨ましくなかったです。
ちなみに、このはしもと。
今でも営業している唯一のお店ですので。
またいつか行ってみたいと思いながらも、一人だとなかなかね。
というわけで、あの頃の駄菓子屋の思い出話でしたけど。
やっぱり楽しかったです。
これ書いてたら駄菓子屋さんに行きたくなっちゃいました。
コロナが落ち着いたら行ってみようかな。
ねりあめも久しぶりに食べたいですし。
ふ菓子も食べたい。
もちろんカップ麺のスープも恵んでやりたいし、恵まれたい。
いい思い出です。。。
皆さんもたまには駄菓子屋の思い出に浸ってみて下さいね。
それではでは、こぼりたつやでした。