40歳になっても、まだ草花に興味が持てない。
自信を持って答えられると言えば、桜とひまわりとチューリップとタンポポ。あとは不安。
でも雑草は分かる。
雑草は見た瞬間「ああ、これは雑草だろうな」って思うから。
でも雑草一つ一つの詳しい名前とかは分からない。
雑草は雑草。
そういえば小学生の頃、こんな遊びをしていた。
その辺に生えてる雑草をちぎっては、友人の雑草と戦わせる。
雑草と雑草を絡ませて、お互い「せーの!」の掛け声で引っ張る。
するとどちらかの雑草が、『ブチッ!』と相手を切断して真っ二つにする。これで勝利。負けた方は再び手頃な雑草を探して来て、もう一度勝負を挑む。
この繰り返し。
とりあえずコンプライアンス的なことを言っておくとするなら「クソガキの頃は残酷な遊びをしてたものですね。今考えると雑草に申し訳ないですよ、本当に」です。
これで色々大丈夫。
私が通っていた小学校には、年に一度『全校遠足』という行事があった。
学校から目的地の『野川公園』まで歩いていくのだけど、これがめちゃくちゃ遠く感じる。
距離にすると5km程度なのだが、とにかく真っ直ぐ。歩くことに飽きてくるほどの一本道。
『30m道路』と呼ばれる幹線道路を、ただひたすらに直進する総勢400人超えの大進撃。
私は三国志が好きでよくマンガも読んでいるのだが、兵士が列をなして歩いているシーンを見ると、この全校遠足を思い出す。
もちろん先生たちは馬に乗っていた。
特に校長が跨っていた馬は、赤くて速かったから赤兎馬だったと思う。呂布から曹操、そして関羽へと渡った赤兎馬。この時は校長が手にしていたのだ。
全校遠足の目的地である『野川公園』。
簡単に説明するならば、ただの広い公園。
ここで遊ぶ。お弁当を食べる。おやつを食べる。
そして、また歩いて帰る。
そんなイベント。過酷。
それでも行ってしまえば楽しいもので。原っぱを走り回ったりアスレチックで遊んだりと、クソガキならではの底なし体力を存分に発揮していた。
ただ、さすがに後半はバテる。原っぱに座り込んでウダウダするのがお決まりパターン。
その時に、冒頭の遊び。
手頃な雑草を引っこ抜いて対決する。
より強く、より切れない雑草を求めて彷徨う。
ここからは私が小学校4年生の頃の思い出。
とある相棒(雑草)との、物語。
「うおおおー!10連勝!!!すげー!!」
私がたまたま手にした雑草が物凄いポテンシャルを秘めていたようで、次から次へと挑戦者を葬り去っていた。しかも全てが秒殺の圧勝劇。
「すげーじゃん!よく見つけたな!」
「ちょー強い!最強じゃん!」
「え!?ちょっと、次オレとやろうぜ!」
「へへん!誰が来たって同じだよー!」
『野川公園界最強の雑草』を手にした私は、明らかに調子に乗っていた。
結局、怒涛の32連勝を決めたところで時間切れ。
再び過酷な一本道をひたすら直進して学校へと帰っていく。
「あのさ、タロウくんさあ、、、」
「うん?」
「オレ、、、」
「どうしたの??」
「世界を目指してみようと思うんだ」
「世界?」
「うん。さっきの雑草、あれホンモノだと思うんだよね」
「確かにめちゃくちゃ強かったけど」
「うん。正直、負ける気がしないんだ。今までに感じたことのない強さというか。32連勝したけど全然ノーダメージだし。もっと上でやれる気がする」
「うん・・・いいかも」
「本当に!?タロウくんもそう思う??」
「うん!たっちゃん、それ絶対いいよ!行こうよ世界!行ける!行けるって!」
「だよね!行けるよね!世界、行けるよね!!」
周りが果てしない一本道と無言で戦う中、私たち2人は『世界進出』という明るい未来に大いに湧いた。
「こら!たつや!タロウ!お前ら何騒いでやがるんだ!」
馬に乗った担任が近づいて来た。
「先生!おれ、世界に行きます!」
「なんだ?突然?」
「先生!おれからもお願いします!たつやを世界に行かせてやってください!」
「タロウ、お前までどうした?世界なんて軽々しく口に出すもんじゃ・・・」
我々2人の普段と違う雰囲気を察したのか。
馬上から私の瞳をじっと見つめる担任。
今までなら絶対に目を逸らしたであろう私も、この時ばかりは真っ直ぐにその視線を受け止める。
「ふむ、力強い眼をしているな」
「先生・・・」
「世界は広いぞー。野川公園とはわけが違う」
「はい、分かってます」
「今まで見たこともないような強い奴が、いっぱいいっぱいいるんだぞ」
「はい。だからこそ戦ってみたいのです」
「そっか、分かった。お前がそこまで言うのなら先生も一肌脱ぐしかないな」
「え!?」
「行くか?世界」
「は、はい!!」
「うおー!!たつや!よかったなー!これで行けるぜ!世界に!!」
「おお!ありがとな!タロウ!」
「よし、たつや。後ろ乗れ」
「はい?」
「善は急げだ。今すぐ行くぞ」
「いや、でも。色々支度とか。。。」
「何を言ってるんだ。その相棒(雑草)さえいれば、他に何もいらないはずだろ?」
「あ・・・」
「いいか?世界で頼れるのは、自分自身とその相棒だけだ。言葉も違う、文化も違う、肌の色も違う」
「・・・」
「でもな、やることは同じだ。その相棒を信じて戦い続ける。そうすれば、周りの景色が勝手に変わっていくはずだからな」
「はい!わかりました!行きます!!」
「よし!乗れ!パスポートは?」
「今日はたまたま持ってます!」
「オッケー!それじゃ成田空港まで走るぞ!飛行機代は餞別代わりだ!」
「はい!ありがとうございます!!」
「それ行けー!ハイヤー!!」
ぱかぱかぱかぱか・・・
「がーんばーれよー!!!」
「てっぺん取れよー!!!」
「世界を震撼させろよー!!!」
猛スピードで駆け出した馬の背に向かって、タロウは熱い声援を送り続けてくれたようだが。
蹄の音にかき消されて私の耳には届かなかった。
「ここがニューヨークかぁ」
間近で見る自由の女神に圧倒されながら、初めて吸うアメリカ大陸の空気を堪能した。
とは言え。とりあえず来てみたものはいいけど、これからどうしていいのかが分からない。
「よし、とりあえず戦ってみよう」
もちろん土地勘などあるわけもなく、ふらふらと歩いていたら大きな公園を見つけた。
なんとなく周りの人たちが『セントラルパーク』と言っているのが分かった。
成田空港で先生が別れ際でくれた『スピードラーニング』を機内で聞いていたから、一般会話レベルの英会話は習得できていたのだ。
「あ!!やってるじゃん!!てか、凄い人!!」
さすがはニューヨークと言ったところか。
野川公園でクラスメイト数人と、ちまちまやっていた規模とは比べ物にならない。
マイクを持った司会者が賑やかに騒いでる。
「へい!誰か挑戦者はいないかー!?ただいま10連勝中のトム!こいつをストップさせたら賞金100ドルだー!」
「100ドル!?ってことは、、、1万円以上!?すげー!」
成田空港で先生が別れ際でくれた『ドルと日本円に関するメモ』を機内で読み込んでいたから、とりあえずの円換算は出来るようになっていた。
「はいはーい!やりまーす!」
スピードラーニングで習得したとは言え、初めて口にした英語。通じるかどうか不安だったが、なんとか通じた。
「おー!こいつは可愛い挑戦者さんだ!やるのかい!?」
「うん!やる!そのために日本から来た!」
「ハツハッハ!ヘーイ!サムライボーイ!OK!リングに上がりな!」
リング上で待っていたトムは、大男だった。
「なんだー!?今度の相手はこんなおチビちゃんかい?ヘイ、リトルボーイ。悪いことは言わねえ。今すぐ帰ってママの作ったミートパイでもかじってな!」
会場からどっと笑いが起こった。
しかし私は意に介さない。
成田空港で先生が別れ際でくれた『特製雑草ケース』から相棒を取り出し、右手で軽く握り、目をつぶって深く息を吸って止める。
「いよいよだぞ。ここから世界での戦いが始まるんだ。やれる。やれるぞ!俺はやれるんだ!」
吸い込んだ以上の息を大きく吐き出して、相棒を高々と掲げて相手に向かって叫んだ。
「ヘイ!トム!ただデカいだけしか脳の無いお前が、俺の輝かしい歴史の1ページに名を刻むことになるんだ!光栄に思えよ!さあ、来い!!!」
絡み合う雑草と雑草。
開始のゴングがセントラルパークに鳴り響いた。
世界への扉が今、開く。