3000文字チャレンジ

『納豆にまつわる3つの教え』3000文字チャレンジ 第2弾

 

【母の教え】

母親がめちゃくちゃ怖かったんです。

毎日のように引っ叩かれてました。

あの頃は恐怖しかなかったです。
今は仲良いですけどね。

 

そんな母親の教えは山ほどあります。

中でも印象深いのを3つほど。

 

まず1つ目。

 

『香り松茸、味しめじ』

 

どういうわけか、これを言われ続けまして。
未だ脳裏にこびりついて取れません。

そんなに松茸を所望したつもりも無いんですけど、どうしてですかね。予めの洗脳でしょうか。

「いつ松茸とか言いだすか分からないから、今のうちに!!」みたいな。

ちなみに40歳になった今でも、松茸は『永谷園のお吸い物』しか食べたことがありません。

 

その代わり、しめじは食べまくってます。

 

洗脳の効果。
未だ絶大。

 

 

2つ目。

 

『瓜に爪あり爪に爪なし』

 

松茸の一件以上に経緯がわかりませんが、これもとにかく言われました。

何をどうしたらこの話になるのかは分かりませんが、頭に刷り込まれてますねー。

 

でも実際、この教えに助けられた事もあります。

一瞬迷いますからね。爪って書くときに。
瓜って書くことはあまり無いですけど。

「どっちだっけ?瓜に爪あり、、、ってことは」みたいな。

使用頻度が低いわりには、どういうわけか頭に残り続けているのです。語感の良さかな。

 

 

ラスト3つ目。

 

『納豆ごはんを食べる時は茶碗を汚すな』

 

物心ついて、初めて納豆ごはんを食べる時から言われていたのだと思います。

とにかく毎食毎食「綺麗に食べなさい」「納豆を茶碗につけるな」と、口うるさく。

おかげで完璧なまでに茶碗を汚さず食べられるようになりました。

 

もちろんこれは、納豆嫌いである母からのプレッシャー。

納豆のついた食器を洗うのが嫌だったという、シンプルな理由からの教えです。

臭いですもんね。

なんの臭いと表現したらいいのかも分からないくらいの臭さ。

今でも心がけております。

 

 

 

【父の教え】

逆に父親は全然怒りませんでした。

役割り分担がしっかりしていたというのか。
母親が怒る分、黙ってる側でいてくれたのでしょうね。
怒られた記憶が、ほぼ皆無です。

 

そんな父親ですが、教えて貰ったことも一応あります。

中でも印象深いのを3つほど。

 

まず1つ目。

 

『挨拶は必ずしろ』

 

とにかく母親主体でしつけられた私ですが。
これに関しては父親の方がうるさかったですね。

「あいさつしてるかー」

「あいさつしろよー」

「勉強なんて出来なくてもいいから、あいさつだけはしておけよー」

と、本当に事あるごとに言われてましたね。

 

そのおかげで、先生や周りのお母さんたちからは良い評価を得られていた覚えはあります。

今にも繋がっているでしょうし。
良かったです。

 

 

そして2つ目。

 

『人は殺すな』

 

これもよく言ってました。

「人は殺すなよー」

「人だけは殺しちゃダメだぞー」

「人殺しはもうアウトだからなー」

自分の子をなんだと思っていたのでしょう。

 

私がそんなにも人を殺めてしまいそうな悲しい瞳をしていたのか。
それとも父親自身に何かあったのか。

勘ぐりたくなりますけど。
多分父親には何もないでしょう。

大きな父親として振る舞いたかったんだと思います。
だから何か、スケールの大きなことを言いたかった。そんなとこだと。

向いてる方向はおかし過ぎますけど。

 

 

最後、3つ目。

 

『納豆は食パンでもいける』

 

大の納豆好きだった父親は、パンの日でも納豆を出してきて。

「納豆ってのはな、食パンに乗せても美味いんだぞ」

と言って、器用に乗っけて食べてました。

 

これが不思議なことに。

全くと言っていいほど、真似しようとは思わなかったのですね。

クソガキの頃なんか特に、なんでも興味を持って真似したがる時期だったのでしょうけど。

 

「これはなんか違う」

 

と、引いていたのを覚えてます。

 

 

 

【板前の教え】

飲食店で従事していた板前は、異常者でした。

スキンヘッド。
物凄く目つきが悪い。
めちゃくちゃ細い。
終始不機嫌。
元プロボクサー。

緑に塗ったら、完全にピッコロ大魔王です。

魔貫光殺砲を出してるのも2度ほど見ました。
走ってるトラックの横っ腹に穴開けてました。

 

そこへ来て、こいつはアル中です。

1日中酒を飲みながら仕事してました。
もちろん私も付き合わされます。

 

板前の言う通り朝7時に出社して(規定は10時)、まず缶ビール2本。その後、2人でワインを1本。

10時から『正規の就業時間』となるのですが、こっちは既にベロベロです。

11:30からのランチタイムは物凄く忙しく。
14:00に終わり。
今度は夜営業に向けて飲みながら仕込み。

そしてここから夜中1時過ぎまでの勤務。
ブラック企業とはなんなのか。

 

そんなクソ板前。

腕前だけは物凄いものがあったのです。
とにかく何を作っても美味い。超美味い。

 

これが本気でやり切れませんでした。

 

そんな勤務態度で腕も悪ければ、あっという間にクビになり。私も酒浸りの生活からもっと早く解放されていたであろうに。

下手に美味いもん作りやがるからややこしい。

人間として破綻しまくっているので、全能力値が味覚に一点集中で注がれているのがよく分かります。

ツンデレの極みです。

 

とはいえ、教えてもらったことも色々ありました。

認めたくはないのですが。
今の私があるのも、こいつのおかげ。

と、ほんの少しだけ思ってます。

なので私は、ピッコロの手で育てられた孫悟飯みたいなもんです。魔閃光も撃てます。

 

印象的な教えを3つほど。

 

まず1つ。

 

『自分の食事は妥協するな』

 

これはとにかく言われましたね。
うるさかったです。

「自分の食事を大事に出来ないやつが、人に美味いものなんか作れるわけがない」

 

ほら。

たまにいいこと言うんです。
基本ラリってますけど。

これはかなり響きました。
今でも私の軸にある言葉です。

 

 

2つ目。

 

『ボクシングは面白い』

 

基本超絶不機嫌な板前が、唯一饒舌になるのがボクシングの話題。

私も嫌いではないので、ありったけの会話術を駆使しながら色んな話を引き出していました。

 

その話をしてる間は機嫌が良くなる”ボーナスタイム”でしたので、1秒でも長く引き延ばそうと必死でした。

すると会話の締めに必ず、

「いやー、ボクシング。面白いんだよ本当に」

と、しみじみ。

 

はあ?
何そのしみじみ。

こっちからすると、ボーナスタイム終了の合図でしかないんですけど?って思ってました。

 

 

ラスト3つ目。

 

『納豆を食べた後の茶碗は労働者の足の臭い』

 

超絶不機嫌で、ボクシングの話をしている時だけ饒舌になるアル中スキンヘッド板前ですが。

実は、最もテンションが高くなるのがこの時なのです。

 

お客さんが食べた納豆の食器が下げられると、嬉々として。

 

「こぼりくん、こぼりくん!納豆食べた後の茶碗って、労働者の足の臭いするよな!」

 

とか。

 

「お!この茶碗!労働者の足の臭いだ!」

 

とか。

 

「(表にいる私に向かって)こぼりくーん!」

「(わざわざ裏に戻って)はい?なんですか?」

「ほら!労働者の足の臭い!」

 

とか。

 

「とんかつ定食、納豆付きでお願いしまーす!」

「来たぞ!労働者の足の臭いだー!」

 

とか。

 

 

 

ぶっ壊れてんのか。

 

やっぱり酒を飲み過ぎるとダメです。
人智を超えた狂い方をしてくる。

もはや何かしらの『癖』としか思えません。
労働者の足の臭いフェチ。

これが綺麗なお姉さんとかなら興味深い話にもなったりしますけど、ピッコロですからね。

臭いもん好きなピッコロなんて、ただの魔族です。

 

 

この板前とは、壮絶な喧嘩別れになりました。

一体今はどこで何をしているのでしょうか。

 

心の底からどうでもいいです。

もう二度と会いたくありません。

 

話の流れとはいえ、父と母と並べて書いてしまったことも後悔するほどの嫌悪感ですから。

「おれ今日で辞めるから」と言われた時は、マジで笑いましたからね。

こみ上げる笑いを抑えることなど出来ずに「えー、そうなんですかー。あらー」とか言ってました。完全にヘラヘラしてたと思います。

 

そのくらい心身ともに削り倒していましたので。
「これで死なずに済む!」ってわりと本気で思いました。

 

でも恐らく、死ぬまで思い出すのでしょう。
納豆を食べた後の茶碗の臭いを感じる度に。
嬉々として狂い笑う、あの板前の姿を。

 

だから私は、綺麗に食べるのです。

 

茶碗に納豆を一粒たりとも付けまいとして、今日も母の教えを守り続けるのです。

 

『納豆ごはんを食べる時は茶碗を汚すな』

 

今となっては、本当に感謝です。

 

そして父の教え。

『納豆は食パンでもいける』

これは未だに日の目を見ることがありません。

 

もちろん、感謝の気持ちもありません。