プロレス

三沢さんの事故から10年。プロレスファンの6月は辛く、悲しく、とても寂しい。

6月になると必ず思うことがある。

「あれから何年経つんだっけ?」

“あれ”というのは、プロレスラーの三沢光晴さんが試合中の事故で亡くなったこと。
三沢さんは、私がプロレスファンになるキッカケとなった選手。

そんな選手の命日を『6月の何日か』くらいにしか覚えていないのはおかしな話なのかもしれないが、毎年調べていても一向に覚えられない。

もしかしたら覚える気がないのかもしれないけど。

 

2009年6月13日。

当時勤めていた飲食店からの帰宅中、同じプロレスファンである後輩からメールが届いた。

「三沢が死亡したみたいです!」

それを見た私は、この送り主が何を言っているのかがサッパリ分からなかった。

 

三沢?

誰??

どこの三沢さん???

 

なんて。
恐らく分からないフリをしていたんだと思う。
分かりたくないけど、すぐ分かる。

でも信じられない。
自分の目で確かめない限りは信じない。
そんなの嘘に決まってる。

帰宅してすぐ、Yahoo!ニュースを開いた。
そこには三沢光晴が試合中の事故で亡くなったという見出しがあった。

 

「やっぱり本当なんだ・・・」

 

 

2019年6月4日。

別の部屋にいた妻の悲痛な声が聞こえてきた。

これは・・・嫌な予感。
それもかなりの。
恐らく、人の生き死にに関わるニュースだ。

ピンと来てしまった私はあえて「どうしたの?」などという声をかけずにいた。
とても自分から進んで得るような情報だとは思えなかったから。

 

するともう一度、声が上がった。

それが見出しをクリックして、ニュースの本文を読んだものであろうことは容易に想像できた。

覚悟を決める。

 

何があった・・・?

 

いや、誰だ・・・?

 

 

「・・・青木篤志が死んじゃった」

「え!?青木って、あの?」

「そう。全日の」

「なんで?」

「首都高でバイク事故だって」

「単独?」

「そうみたい」

 

あまりにも意表を突かれたのか、冷静にやり取りをしている自分がいた。
絶句して固まるわけでもなく、慌ててスマホで事実確認をするわけでもなく。
ただただ淡々と抱いた疑問を妻に投じている。

まさかプロレスラーだとは思わなかった。

妻があれほどの声を出すということは、昔好きだった役者さんやタレントさんなど。
そっちの畑の人だと勝手に思っていたけど。

青木篤志だとは。。。

 

青木は本当にいいレスラーだった。

「どんなレスラー?」と聞かれたら、真顔で「いいレスラーだよ」と答えるくらい。

これは私の語彙力の無さという問題もあるのだが、それ以上に私の中で「いいレスラー」という言葉が一番しっくり来る選手だったのだ。

 

青木はデビュー間もない頃から素晴らしい雰囲気を纏っていた。
自衛隊を経ての入団だったこともあり、年齢的にも28歳と遅めのデビュー。

見た目も年齢もファイトスタイルも新人離れしている印象を受けていたら、あっという間にメキメキと成長。
並みの選手が長らく括られる『いち若手レスラー』という枠組みからも早々に飛び出していったイメージ。

 

 

人間誰しも生きている限り、悲しいニュースに落胆するというのは避けては通れないこと。

それは理解してる。

それは理解してるけど、プロレスファンはそれに直面することが特に多い気がする。
何と比べているわけでもないけれど、なんとなくそう思う。辛い。

来年以降、6月になって思い出すことが一つ増えてしまった。

 

「三沢の命日は何日だっけ?」

「青木はいつだっけ?」

 

2009年6月13日。
2019年6月3日。

覚えていても、きっと忘れてるフリをする。
そしてネットで調べて「ああそうだった」と目を閉じる。

目を閉じれば雄姿が浮かぶ。
ベタな言い方だけど、そうある限り私の中では生きている。

三沢も青木も、橋本も冬木も。
ゴディもウィリアムスもオブライトも、ベノワもエディも。
とても書ききれない数々のレスラーたちも。

 

もう悲しいのは嫌だよ、本当に。