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24歳で脱サラしてタクシー運転手になった話17 美女とコーラと赤羽橋

「お願い、早く出して!」

 

 

「えっと、どちらまでですか?」

 

 

「いいから早く!!!」

 

 

赤坂のハンバーガーショップから飛び出した勢いそのままに乗車してきた女性。

ボクは完全に圧倒されたまま、女性に負けない勢いでアクセルを踏み込んだ。

女性は後ろを気にしながらも、体勢を低くして身を隠している。

 

「後ろ、誰か来てます??」

 

「えっと、、、あ!はい!男の人数人が走って追いかけて来てます!」

 

 

「お願い!振り切って!!」

 

 

 

おいおいおいおい。
本当にあるんだ、こんなシチュエーション。

 

ここで「ちょっと揺れますよ」なんて言いながらキックダウンの一つでもかまして爆走すれば映画のワンシーンにもなりそうなものだが。

いかんせん、この日は乗務2日目。

 

新人ドライバーにそんな余裕は無い。

 

しかも、赤坂ど真ん中。
人通りの多い一方通行の狭い道。
時速40キロ出すのも怖いくらい。

なのでこんな時こそ、安全運転。
事故を起こしたら元も子もない。
焦りは禁物。

 

ピンチこそ ゆっくり走ろう 東京都。

 

そう自分に言い聞かせた瞬間。

 

 

「ちょっと!何やってんの!!急いで逃げなさい!!!」

 

「ひぃっ!は、はい〜!!」

 

 

超こわい。

この調子で怒鳴られるくらいなら事故った方がマシだ。

ボクは覚悟を決め、キックダウンで加速した。

 

見た目はボクと同じ20代半ばくらい。
肩より少し長い黒髪と、切れ長の眼が印象的。
細身の身体に白いTシャツ、デニムのパンツ。

 

ハッキリ言って、美人だ。

 

追ってくる『敵』をルームミラーで確認しながら、ボクは考えた。

 

「これはもしかして、チャンスというやつなのでは!?」と。

 

ここで上手く対処してカッコいいところを見せられれば。
赤坂美人からのご褒美的な何かがあるのではないか??と。

 

もう一度言うが、乗務2日目。

お客様とのアバンチュールラブロマンスや「運転手さん、支払いはカラダでいいかしら?」的な18禁想像は毎秒している。

まさか、こんなに早く巡り会えるとは。

 

「どう?まだ追ってくる??」

 

後ろを確認すると、さっきの追っ手はもういない。

 

「いえ、大丈夫です。もう見えなくなりました」

 

「ふう、よかった。無理を言ってごめんなさいね。助かりました」

 

やはり美人は、鬼気迫る表情よりも笑顔が似合う。

胸の辺りがキュンとした。

 

そして思わず聞いてみた。

 

「ところで、どうされたんですか??」

 

「聞いてくれる??」

 

「はい、もちろん」

 

聞きます聞きます。
そしてなんなら抱きしめます。

 

「あのね、ハンバーガーを買って店内の席を探してたんだけど」

 

「はいはい」

 

「通路で男の人と肩がぶつかったの」

 

「ええ」

 

「だから文句言ってやったんだけど」

 

「・・・はい」

 

「向こうが言い返して来たから。あまりにムカついて、買ったばかりのコーラを顔にかけてやったの。それであんな事に・・・」

 

 

 

鬼じゃねーか。

 

出会って数秒で顔面にコーラぶっかける女。

指名手配になろうものなら、間違いなく『○○の爆弾娘』みたいなキャッチフレーズを付けられるタイプ。

 

そして当然のように返答に困り果てている時、乗務2日目のボクは気付いた。

 

 

「やばい・・・道を知らない」

 

 

こんな怒りの導火線がミクロン単位の魔女に道を知らないだなんて言おうものなら。

毒入りリンゴでぶん殴られた挙句に口に捻じ込まれるくらいの覚悟はしておいた方がいい。

 

返答に困り果て、さらには道の悩みも抱えた新人タクシードライバー。
先ほどまでの美女を助けた英雄はもう見る影も無い。

 

鬼に怯える村人だ。

 

「ていうかこれ、どこに向かって走ってるの??」

 

秒速コーラの爆弾娘こと、ダイナマイト赤坂がキョロキョロしながら聞いてきた。

まずい。これはまずい。

なぜなら、どこにも向かってない。
そして何より、自分が今どこにいるのかも分かっていない。

 

でもよく考えれば、現時点での女王様からの言いつけは「とにかく走れ」というものだけ。

気持ちを落ち着かせて答える。

 

「とにかく追っ手を振り切るように走っていただけなので、、、」

 

自慢じゃないが、乗務2日目のボクは都内の道なんか全然知らない。

赤坂という土地に関しても「どうやらTBSがあるらしい」という知識しかない。

 

 

「そうよね、無理なお願いしちゃって。本当にごめんなさい」

 

「いえいえ、とんでもない」

 

「どこに行こうかなぁ」

 

「どう、されます??」

 

 

赤坂も知らないような男が何をカッコつけてやがる。

どうされます?とか聞いたところで、どうにも出来ないクセに。

 

それでもやっぱり、美人の前ではカッコつけたい。

それが男ってやつだから。

 

 

「そうねぇ、じゃあ赤羽橋にでも行ってもらおうかしら」

 

「赤羽橋、、、ですか。かしこまりました」

 

 

 

赤羽橋。

 

赤羽橋ねえ。

 

 

なんだそれ。

 

赤羽は分かる。
橋も知ってる。

でも赤羽橋は知らんなぁ。

 

道がわからないだけでなく、聞いたこともない。
まあ、橋っていうくらいだから川の近くなんだろう。

でも言い方的に今いる場所の近くっぽいけど。
こんな都心に川なんかあったっけ??

 

どうしよう。

 

「すみません、新人なもので道がよく分からないもので。ご案内お願い出来ますか?」

 

これを言うタイミングを完全に逸してしまった。
なんならカッコつけてるくらいだし。

 

今さら言えない。。。

 

すると間もなく、そんな気持ちを察してくれたのかどうなのか。

 

「あれ?もしかして、道わからない?」

 

「えっと、、、あの、、、すいません」

 

「なんだー!そうなのね!早く言ってくれればいいのに。それじゃあ案内しますね」

 

「あ、すみません!どうもありがとうございます!」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ(ニッコリ)」

 

 

 

鬼だと思ったら女神でした。

こんな人にならコーラを顔にぶちまけられてもいい。
むしろ、ぶちまけられたい。

 

 

「運転手さん、すごくお若いですよね?」

 

「はい、まだこの仕事も2日目なんです」

 

「えー!そんなんですかー!年齢は?」

 

「24歳です」

 

「若っ!わたしより3つ年下!」

 

「なかなかいないですもんね、この仕事では」

 

「そうですよねー。びっくりしました。でも運転手さん、すごく感じがいいから。大丈夫ですよ」

 

「本当ですか!?嬉しいです」

 

 

先ほどまでの緊張感はどこへやら。

美人と共にする、赤坂→赤羽橋の短いドライブを純粋なまでに楽しんでいる自分がいた。

乗務2日目にして初めて、お客さんとの会話を心から楽しむことが出来た至福の時。

 

しかし、楽しい時間ほど長くは続かない。

 

 

「あ、運転手さん。この辺で大丈夫ですよ」

 

「はい、かしこまりました。って、、、あれ?」

 

「どうしました??」

 

「赤羽橋って、橋じゃないんですか??」

 

「え??」

 

「橋が無いというか、、、川も見当たらないですし」

 

「あはは!そっか!橋自体はね、ほら。あの高架下にあるの。見える?」

 

「あの、小さいやつですか??」

 

「そうそう!あれ!」

 

「へー!川も橋も小さいんですね。なのに地名になってる」

 

「そうそう。この大きな交差点も『赤羽橋』って交差点だし、地下鉄の駅もあるの」

 

「そうでしたかー」

 

「だからこれからお客さんに言われることも多いでしょうから、覚えとくといいですよ」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「じゃあ、これ。お釣りは大丈夫です!」

 

「え!?いえいえ、とんでもない!こんなに貰いすぎです!」

 

「いいのいいの!私も迷惑かけちゃいましたから。それに楽しかったです!これから頑張ってくださいね!」

 

「あ、ありがとうございました!!!」

 

 

楽しかった。。。

 

 

楽しかった。。。

 

 

コーラをぶちまけて、赤坂から慌てて逃げて来たことなどすっかり忘れてしまっている。

そんなことよりも「楽しかった」という言葉を反芻することで忙しかった。

 

そして、

 

「また会えたらいいな」

 

などと口にする。

 

麻布の街がよく似合う後ろ姿を見送りながら、貰ったお札を大事にしまった。

 

 

 

タクシー運転手を辞めてからというもの、すっかり縁が無くなってしまった赤羽橋。

今回のテーマ『橋』があったからこそ思い出すことが出来た、懐かしい思い出。

 

 

もちろん、再会することは無かったけれど。