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稀代の最強左腕、杉内俊哉引退!”あの夏”からの思い出を語ってみる。

どうも。
プロ野球大好きブロガー、こぼりたつやです。

 

杉内引退です。

 

ここ最近は登板すら無かったので仕方ないといえば仕方ないのですけど、寂しいなー。

輝かしい記録や経歴はスポーツ紙にお任せするとして、ここでは私の勝手な思い出を書かせていただきますね。

 

鹿実でのノーヒットノーランと、VS松坂

1998年 第80回夏の甲子園。
開幕前から『松坂フィーバー』だったこの大会。

 

鹿児島実業VS八戸工大一はテレビで見てました。
ポンポンとリズム良く三振を奪うその姿に、

 

「いい投手見つけたー!!」

 

名門・鹿児島実業の3年生エースをつかまえて見つけたも何も無いんですけど。

それだけこの大会は、開幕前から松坂一色だったということで。

 

結果、小柄な左腕はノーヒットノーランを達成。
『杉内俊哉』という名前はこの時に私の頭にインプットされました。

 

そして次戦はいきなり、松坂擁する横浜戦。

【怪物・松坂 VS ノーヒッター・杉内】

この図式には物凄く興奮しました。

 

『準々決勝の死闘』→『準決勝の大逆転劇』→『決勝戦でのノーヒットノーラン』と、一戦ごとに伝説へと昇華していった横浜高校と松坂大輔。

今でもアメトーークなどで毎年のように取り上げられ続ける、あの夏。

「実は2回戦で杉内とも投げ合ってたんだぜー!」

と、ハイボール片手に自慢げに言えるのも、野球好きのおっさんの大きな財産。

 

三菱重工長崎→福岡ダイエーホークスへ

私、社会人野球は興味はあれど見たことはほとんど無いのですが。

この杉内の時だけはずーっと気になってました。

 

「杉内、どうしてるかなー?」
「プロ入り出来るかなー?」

 

そんでシドニー五輪にも選ばれたんですよね。
松坂を筆頭とするプロ野球選手が初めての五輪出場した大会。

「おおー!松坂と杉内が同じチームにいる!」

なんて、ワクワクしていたものです。
結果は4位に終わりましたけど。

 

そして2001年のドラフト会議で、福岡ダイエーホークスに3位指名されたんですよー。

私はカープファンとホークスファンの二刀流ですので、これはめちゃくちゃ嬉しかったです。

 

背番号は47。

左腕の背番号です。

そして、工藤公康の背番号。

 

とても重い重いダイエーホークスの47番が、最初から似合って見えたのは私だけでしょうか。

 

ベンチ殴打と斉藤和巳とエースの座

ダイエー時代の杉内といえば『打たれた腹いせにベンチを左手で殴った』というエピソードを思い出す方も多いのではないでしょうか。

他球団ファンの方ならこれかもですね。

 

これは本当にね。

「バカかよ。何やってんだ杉内」

としか思えなかったです。

こんなプロ野球選手がいるのか、と。
また城島の制止を聞かずに殴ったというのもね。

 

結局この2004年はこれがキッカケでこの後は登板なし。まだ6月の話です。

「あーあ、こんなんじゃエースの座はまだまだ遠いな」

そんな事を思いました。

 

この頃のホークスには、絶対的エース『斉藤和巳』がいたのですねぇ。

負けないエース。

私の中でもあの頃の和巳は、プロ野球史上最強レベルの投手だと今でも思ってます。

どれだけ頑張っても和巳がいる。
勝ち星を重ねても和巳の存在がある。

いつかのキャンプの声出しで「今年こそは和巳さん、、、いや!和巳を超えます!」みたいな事を叫んでいた杉内の姿が印象的でした。

 

最強ホークスからジャイアンツへ

その後、エースの斉藤和巳や同い年の和田毅や新垣渚と最強ローテを形成。

2000年代最強ホークス軍団の屋台骨を支え、和巳が怪我で離脱後も安定して勝ち星を積み重ねて名実共にホークスのエースとなったのですが。

 

2012年、読売ジャイアンツへの移籍が決まってしまうのですねー。

もちろんホークスのフロントとどんな話がされて、杉内がどんな思いでチームを去ったのかは分かりませんが。

 

私としては、とにかく寂しかった。

 

杉内が自分の贔屓チームでない場所で投げる姿を見なくてはならないことが、本当に考えられなかったのです。

 

でも、嬉しかったことが一つ。

 

背番号 18。

エースの背番号です。

 

いや、

桑田真澄の背番号です。

 

私は他人事ながら「巨人の18番、次は誰がつけるんだろう?」なんて考えておりましたので。

杉内がそのユニフォームに袖を通したということは、ただただ素直に嬉しかったです。

 

カープファン的には、江藤が長嶋さんの33番を譲り受けた時のような嬉しさ。

この時に密かに思いました。

「カープ戦であれど、杉内は応援しよう」

なので理想は杉内が0点で抑えて、降板した後に何らかの形でカープが勝つ。

そんな自分勝手なことを考えるのも、プロ野球ファンの楽しみの一つ。

 

あと一球

ジャイアンツでの杉内。

私の中では、あと一球。
『あと一球』だけがどうしても頭から離れない。

 

完全試合まで、あと一球。

「これもう、ストライクでいいじゃん!少し外れてるかもだけどいいじゃん!」

などと理不尽なことを友人と言ってました。

 

27人目のバッターを四球で歩かせてしまいましたが、その次をしっかりと三振に切って取りノーヒットノーラン達成。

鹿児島実業に在籍していた、あの夏以来のノーヒットノーランです。

 

そしてその後は、やはり贔屓球団以外の選手ということもあり、スポーツニュースでチラッと見る程度になってしまい。

気がつけば「杉内どうしてるんだろ?」という感じに。

ジャイアンツファンのお客さんに「杉内ってどうしてます?」なんて聞くのが精一杯。

 

そんな質問をしなければならないこと自体が寂しいものでしたけど。

 

さらば杉内

杉内の投球フォームもストレートもカーブもスライダーもチェンジアップも大好きなのですが。

 

一番好きなのは、セットポジションに入る前に左腕をあげて少し振って脱力するじゃないですか。

あれが物凄く好きでねー。

マネしてたら癖になってしまいました(笑)

 

仕事中、包丁握る前とか無意識のうちにやってまして。

「あ、オレ杉内のマネしてる」

なんて思ったりしてます。右腕ですけど。

主に『これから忙しくなる!』という時にやりがちです。恥ずかしい話ですが。

 

あの夏から20年。

本当に素晴らしい投球で楽しませていただきました。

すっかり左腕の象徴となった『背番号47』が一番似合う選手として、私の中では永遠に輝き続けることでしょう。

 

本当にお疲れさまでした。