懐かしい

飲みの席で使える「懐かしの助っ人外国人選手」読売ジャイアンツ編

どうも。プロ野球大好きブロガー、こぼりたつやです。

 

懐かしいプロ野球話

これ、楽しいんですよねー。

しかも懐かし外国人選手の話題は間違いなく盛り上がります。
もちろん往年の日本人名プレイヤーでも、じっくり語れてしまうのですが。

外国人選手の場合は手っ取り早く盛り上がれる。

言ってしまえばそんなに詳しくは覚えていないんですよ。名前くらいしか。

 

だから面白い。

 

そしてやっぱり巨人です。まだCS放送など無かったため巨人戦しか見られなかった時代。

多くの外国人選手が活躍した80年代〜90年代をクローズアップしてみました。懐かしいですよ。

写真は著作権的なのが心配なので載せません。

 

ウォーレン・クロマティ

まずはやっぱりこの人でしょう。

もう30年前にもなりますが、未だに

 

「巨人の助っ人外国人選手と言えば、ウォーレン・クロマティ」

 

です。

 

いや、巨人どころかプロ野球界全体で見てもクロマティは強いです。

飲みの席での「懐かし外国人羅列タイム」も、このクロマティから始まりますしね。

では次は??

 

呂明賜

クロマティの後は呂明賜の話になると決まっているのです。方程式。

一時期の橋本→石毛みたいなもんです。

そんなアジアの大砲、なんかめちゃくちゃ打ちまくってた印象なのですが。

実は1988年の前半だけ。5月からオールスターくらいまでなんですよね。

それでも懐かし助っ人外国人の筆頭格に挙げられるのですから。当時の衝撃がどれだけ強烈だったかが分かります。

 

さて。
クロマティ、呂明賜と来たら。

さあ次は??

ここからが腕の見せ所。

あまりマニアック過ぎると誰も覚えていませんので、いい感じに盛り上がれる辺りの選手を7人ほど用意させていただきました。

恐らくこの話題の間は主役になれます。

 

行きますよー。

 

 

サンチェ

 80年代巨人を代表する外国人リリーフ投手。

とにかく名前の響きが素敵過ぎ。

こういう飲みの場で名前を出して盛り上がらなかった事がない。

まさにスベり知らずのサンチェ。

その分、競争率も高いので早めの投入をオススメします。

 

 

ガリクソン

80年代では打のクロマティ、投のガリクソンと言えるくらいの優良外国人選手。

2シーズンの在籍ながらも、一型糖尿病を患っての活躍と名前のインパクトで現在でも多くの人々の記憶に残る。

桑田と仲が良い。

 

モスビー

BBM 巨人軍 助っ人 モスビー

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ドラフト1巡目での入団や、オールスターゲームにも出場した経歴を持つ元一級品メジャーリーガー。

1992年に来日し、出場96試合ながら3割を超える打率を残す。

翌年も残留契約を結んだが、シーズン序盤で負傷し帰国→退団。

しかし、そんな経歴よりも名前の響きだけで覚えている人多し。

 

 

ケアリー

BBM 巨人軍 助っ人 ケアリー

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 1992年に来日した金髪投手。

3勝5敗という華々しくもなんともない成績を収めたが、一部野球ファンの間では

「松井秀喜の前に背番号55を付けていた選手」

として永久に記憶に残る。

もし活躍して翌年も契約。なんて事になっていたら、松井の背番号は一体どうなっていたのだろうか。

その後の大田泰示や、2004年に首位打者を獲得した広島東洋カープの嶋重宣のニックネームの「赤ゴジラ」にも影響が及んでいたはず。

 

そして現在の他球団でもエルドレッド、T-岡田、秋山翔吾、スタンリッジなどの球団を代表する選手や期待の若手が付ける番号となっているため

「背番号55伝説を誕生させたキッカケの男」

という、ある意味では重要な役割を担っていたのかもしれない。

 

 

コトー

 

つるつる頭にヒゲというキラーカーンスタイル。

なんかやたらと名前だけは覚えているけど、在籍は1994年のみ。

しかも打率は.251。

それなのに、なんでこんなに記憶があるの?と思って調べてみると。

 

例の中日との10.8決戦において今中からホームランをかっ飛ばしていたり。

その後の日本シリーズでも2ホーマーと活躍して優秀選手賞を獲得している。

にも関わらず、シェーン・マックを獲得するからという理由で解雇。

 

あとは多分だけど、Dr.コトーの影響も大きそう。

 

シェーン・マック

 

1995年に2年契約総額8億円という超大型契約を結んで入団。

打ってよし、守ってよし、走ってよし。

大物外国人選手らしからぬハッスルプレーでファンに愛された選手だったが、4億円という超高額年俸がネックとなり契約満了に伴い退団。

クロマティ以降、イマイチ定着感のなかった外国人野手の中では最も記憶に残っているであろう選手。

わざわざ【シェーン・マック】と書いたのも、フルネームで覚えている人が多いから。

 

 

ガルベス

 

90年代を代表する巨人軍の外国人投手と言えばやっぱりこの人。

暴走王バルビーノ・ガルベス。

1996年〜2000年と在籍期間も長い。

舌を出しながら投げるのが特徴的で、150キロ近い速球を軸に緩急や変化球を駆使。

奪三振よりも打たせて取るタイプの技巧派。技巧派のくせに武闘派。

山﨑武司との喧嘩マッチ、主審に向かってボールを投げつける、ランナーを背負うとマウンドを蹴り上げる、明らかにイライラして牽制球を多発する。

これだけの個性派外国人選手なら、みんなが覚えているであろうと思いきや。

飲みの場ではクロマティから話が始まるので「出来るだけ昔の奴を思い出そう」という流れになって意外と出て来ない。

ジョーカーとしてタイミング良く繰り出そう。

 

以上!

 

どうでしたか?

 

もちろん他にも、

「バーフィールド」「ブラッドリー」「グラッデン」「マント」「カステヤーノ」「マリオ」「チョ・ソンミン」「チョン・ミンテ」「デセンス」「ダンカン」

たくさんいましたので。

名前だけでも用意しておけば間違いないでしょう。

細かいデータなんか持っている必要もありません。

ただただ名前を挙げて、

「うわー!そんな選手いたなー!」

というのが懐かし外国人選手の楽しみ方。

 

プロ野球人気と懐かし外国人

急に真面目な話をしますと。

2000年代からは地上波野球中継が激減しまして。

野球は「見たい人だけ見るもの」「見たい試合を選んで見る」時代となっていきました。

巨人戦どころかプロ野球というコンテンツそのものが共有しづらい時代になってしまったんですよね。

なので下手したら90年代のコトーやマックやモスビーよりも。

わりと最近のエドガー、ボウカー、アルフォンゾの方が懐かしく感じられたりする現象が起きてしまうのです。

もしくは知らないか。

なので「同一球団ファン以外の人と懐かしい外国人選手で酒を飲めるのは90年代まで」と、言っていいでしょう。

寂しい限りです。

これから先、野球人気や中継スタイルがどうなって行くか分かりませんけど。

20年後の居酒屋で「カミネロ!?いたいたー!」なんて話で盛り上がっていてくれる事を、野球ファンとしては願うばかりなのであります。

以上、飲みの席で使える「巨人の懐かし外国人選手を羅列しよう」のコーナーでした。

そうなるとやっぱり次は、他球団編ですよね。

そのうちやりますー。

 

それではでは、こぼりたつやでした。